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大津地方裁判所 昭和37年(ワ)10号 判決

原告 国

訴訟代理人 水野祐一 外三名

被告 江州運輸株式会社

主文

被告は原告に対し金三九八、七〇八円およびこれに対する昭和三三年一一月五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実 〈省略〉

理由

被告が運輸大臣の免許を受けて一般貨物自動車運送事業を営む会社であり、被告会社の被用者である訴外戸井慶一が原告主張の日時場所において、普通貨物自動車を運転進行中訴外大東貞雄の身体に同自動車を接触させ、同人に対し原告主張のような傷害を与えたこと、この事故により右大東が自動車損害賠償保障法による保険金一〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

そして証人戸井慶一の証言によれば、訴外戸井は右事故当日被告会社係員の指示により被告会社の事業の執行として三重県尾鷲に運搬するため被告会社の前記貨物自動車に稚鮎を積載しこれを運転して滋賀県今津を出発し、右目的地に向う途中本件事故が生ぜしめたことが認められ、右認定に反する証拠はない。被告は右事故につき訴外戸井には自動車の運行に不注意はなかつた旨主張するけれども、被告の立証によるも右主張事実を認めるに足りない。却つて成立に争いのない甲第四、第八号証、証人田中喜蔵、同田中登、同村口司の各証言と証人戸井慶一の証言の一部を総合すれば、訴外大東は当時訴外田中建材有限会社に自動車運転手として雇われ、三重県北牟婁郡海山町船津の同会社現場出張所で就労中のものであつたが、自己が使用していた貨物自動車が故障したので同会社係員の指示で同県長島町の修理工場に赴くため同乗していた訴外村口司と交互に右自動車を運転して船津から長島町に向け出発し、途中数回停車して故障箇所の応急修理をしつつ進行中、本件事故現場附近で再び運行が困難となつたので進行方法に向つて左側に約三米の間隔を残し道路中央よりやや右側に停車し、訴外大東が下車して後部車輪附近の故障箇所の応急修理をしたのち、訴外戸井の運転する対向自動車を発見し急いで運転左側のステップに立ちドアに向つて体を押しつけていた。右現場は幅員約六、六米の見通しのよい道路であるが、訴外戸井は反対方向から時速約三〇粁の速度で進行し約五〇米手前において訴外大東の運転する自動車が停車しているのを認め、時速約二〇粁に減速して道路右側を通るべく進行中、約八米手前で前記のように訴外大東がその自動車運転台に身を寄せ立つているのを発見したが、かかる場合貨物自動車運転者としては車体も大きく通行しうる道路間隔も充分ではないのであるから、最除行をしてその左側に同乗していた助手に離合の状況を注視させつつ進行を継続し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、訴外戸井は右注意義務を怠り漫然と同一速度で進行した過失により、後部荷台附近を訴外大東の左腕に接触させ同人に前記認定のような傷害を与えたものであることが認められ、証人戸井慶一の証言中以上認定に反する部分は措信できない。そして被告は右事故につき他に自動車損害賠償保障法第三条但書に該当する爾余の事由について主張立証をしないのであるから、被告は同法第三条により訴外大東に生じた損害を賠償する義務があるものというべきである。

よつて右損害額につき考えるに、証人榎本黙雷、同田中喜蔵、同宮田清、同椎名富蔵の各証言により成立の認められる甲第一号証の一ないし七、同第二号証の一ないし三、同第三号証、成立に争いのない甲第六号証の一、二に右各証人(証人宮田を除く)の証言を総合すると、訴外大東は前記傷害により(イ)昭和三二年四月一六日から翌三三年八月三〇日まで前記長島町仁愛会南病院において入院又は通院により金九五、五〇九円相当の治療を受けたこと、(ロ)本件事故発生当時同人の平均賃金が一日金五三七円六〇銭であつたところ、右治療期間の五〇〇日の間労働に従事することができず、よつて合計金二六八、八〇〇円の得べかりし収入を得られなかつたこと、(ハ)さらに右治療によつても同人の患部は完治せず、左前腕関節の用を廃する程度の機能障害を残して爾後自動車の運転も不可能な状態であり、この後遣症状による同人の労働能力の喪失量は少くとも四五%を下らないものであることが認められ、そして同人は本件事故当時満四九歳で普通の健康体を有していたものであることは前掲各証拠を総合して認められるところその平均余命年数が二二、〇九年であることは当裁判所に顕著な事実であるから、同人は特段の事情のない限り爾後少くとも五五歳までの六年間は勤務を継続し報酬を得ることができたものと推認せられ、さきに認定した平均賃金五三七円六〇銭を基礎に右六年間における労働能力喪失による得べかりし利益の喪失額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除するときは、手取額は金四〇七、五四二円となり、この金額が同人において少くとも即時に請求し得る喪失利益となることが認められる。敍上認定を動かす証拠はない。

ところで前掲甲第一号証の一ないし七、同第二号証の一ないし三、同第三号証及び証人榎本黙雷、同田中喜蔵の各証言を総合すると、訴外大東の勤先である訴外田中建材有限会社(事業主田中菊松)は労災法第三条第一項所定の強制適用事業である道路による貨物運送を業とする会社であつて、その事業主と原告間に同法の保険関係が成立していたことが認められ、また右大東が同会社の業務執行中負傷したものであることは前記認定のとおりであるから、同人は原告に対し同法所定の保険給付の受給権を取得したというべきところ、前記各証拠および成立に争いのない甲第六号証の一、二によれば、原告は右大東に対し同法一二条に基き昭和三三年八月一五日から同年一一月四日までの間に、前段認定(イ)の療養補償費として金九五、五〇九円、同認定(ロ)の金額の範囲内(六〇%)で休業補償費として金一六一、二七九円、同認定(ハ)の金額から同人が支払を受けた自動車損害保険金一〇〇、〇〇〇円を控除した残額の範囲内で障害補償費として金一四一、九二〇円、以上合計金三九八、七〇八円の保険給付をしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は労災法第二〇条により右給付をなした額の限度で訴外大東の被告に対する損害賠償請求権を取得したものと主張するのに対し、被告は、訴外大東は本件事故により同人が自動車損害保険金により支給される金員で満足し、これを超える被告に対する損害賠償請求権は一切放棄する旨両者間で示談契約が成立しているから、原告が右保険給付をしても被告に対し求償権を取得するいわれはないと抗争し、証人中川太重、同小林忠雄、被告代表者本人も右主張に副う供述をするけれども、右各供述部分は証人田中喜蔵の証言、成立に争いない甲第五、第七号証に対比したやすく措信できない。また証人中川太重の証言により成立の認められる乙第一号証(示談書)にも右主張に副う旨の記載があるけれど、証人中川太重、同田中喜蔵、同小杯忠雄の各証言(前記措信しない部分を除く)に前記甲第五、第七号証を総合すると、当時被告会社の取締役で事故係をしていた中川太重は本件事故発生の報告を受けるや被害者側となんらの交渉のない以前に、すでに被告会社事務員に命じて乙第一号証中立会人の住所氏名らん及びその名下の印及び大東貞雄名下の印を除く部分を三通例文に基づき作成し、その案に副うた示談交渉をすべく事故直後である昭和三二年四月二五日前記南病院に入院中の訴外大東の許に持参したのであるが、当時医師の診断では同人の傷害は全治一〇〇日位を要する見込であり、一応自動車損害保険金により治療費を賄えることが予想されたので、同人は訴外大東に対し右保険金の支給を受けるためには示談書の作成が必要であるから、早急に示談書を作成したのが有利であること万一傷害が予想どおり全治しないときはあらためてその治療費等は協議することとして、さしあたり前記書面に調印を求めたので、訴外大東としても早急に保険金の支給を得る必要に迫られていたので、万一右保険金をもつて右事故による損害が賄いえないときはさらにその金額支払につき交渉することを留保して乙第一号証に調印したにすぎないこと、されば同年八月ごろに至り訴外大東の傷害が予想外に重いため右保険金をもつてしてはその損害は到底賄えないため、同人またはその雇主である田中建材有限会社から被告に対し政府に労災法による保険金給付の請求手続をしたい旨の連絡をしたのに対し、被告は異議を止めず同意していることが認められ、従つて被告と訴外大東との間に被告主張のごとき損害賠償請求権放棄に関する合意が成立したものとは認められないのであつて、他に右主張事実を認めるにたる証拠もない。従つて原告は労災法第二〇条により被告に対し前記給付額金三九八、七〇八円及び右給付後の遅延損害金につきこれが求償権を取得したものというべきである。

被告は右金額の遅延損害金は求償通知を受けた日から発生すると主張するが、本件求償権は原告が被告の訴外大東に対する損害賠償債務を被告に代つて履行したため発生したものであるから、本件遅延損害金は各補償の日の翌日から発生しているというべく、被告の主張は採用しがたい。

そうすると被告に対し右金三九八、七〇八円およびこれに対する最終の補償の日の翌日である昭和三三年一一月五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は全部正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畑健次 首藤武兵 広川浩二)

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